 |
正面は南向きである。 乱石組み基壇の上に建てられている。
屋根は裳階(もこし)付入母屋造り檜皮葺きである。 |
 |
東側側面 手前に見える小さな祠は霊庇廟(弁天堂) |
 |
西側側面 梵音岩の岩肌が間近に迫っている。 |
 |
北側背面 裏面の半分近くまで岩肌が迫っている。 引き戸が一カ所あり、三間の張りだしがある。 |
 |
北側背面
張り出し部分内部は棚になっており、古位牌が祀られています。
東側落縁が背面にまで廻りこんでいる。
|
 |
東側には引き戸が三カ所設けられている。
この引き戸は後世になって付け加えられた可能性がある。
正面一間は吹放しとなり、広縁が設けられている。
またこの広縁の両端から背面の一部にかけて落縁が廻らされている。 |
 |
正面
上下層ともに軒裏は四隅に隅木(すみき)を見せるだけで化粧垂木(たるき)を見せない板張りです。
正面三軒は桟唐戸(さんからと)ですが、花狭間(はなざま)が設けられています。
広縁上部の頭貫と飛貫の間には浪連子格子が設けられています。 |
 |
西側の拝懸魚と降懸魚 |
 |
西側の拝懸魚 形式は三つ花懸魚であり、六弁花の飾りが付く。 |
 |
西側の降懸魚 形式は三つ花懸魚であり、六弁花の飾りが付く。 |
 |
西側の降懸魚 形式は三つ花懸魚であり、六弁花の飾りが付く。 |
 |
木製の鬼板 鬼板の縁部分は銅板で保護されています。
|
 |
乱石組み基壇
|
 |
光付(ひかりづけ)
基礎としている自然石にあわせて柱の下部が加工されており、ずれにくくなっています。
|
 |
柱下部が新しい木で接いであります。
このようにして腐食や虫食いで悪くなった部分を交換し、600年以上も観音堂が受け継がれてきました。
|
 |
|
 |
飛貫と頭貫の間には浪連子が設けられ、下側の飛貫は僅かに柱から出ているだけですが
上の頭貫は立派な木鼻を出し、その上に台輪が設けられています。
|
 |
広縁の上では正面柱上の三斗(みつと)から装飾木鼻が突き出しており、
垂木を見せない軒裏の化粧板による単調さに比して存在感がある。
|
 |
内外陣に渡された海老虹梁と垂木を見せない軒裏の化粧板
|
 |
四隅にあたる位置には軒裏に続く隅木が見られる
|
 |
内陣は外陣に比べ天井が一段と高くなっている
内陣柱の海老虹梁が差し込んである少し上に胴貫が通され、柱頭に頭貫を通し、両者の間は縦羽目となっている。
|
 |
垂木を見せない軒裏の化粧板による鏡天井
|
 |
柱頭に台輪を置き、その上の斗栱(ときょう)は出組となっているが詰組(つめぐみ)ではなく、
鏡天井とともに簡素な印象を与えている。
(注) なお開山堂の斗栱は柱間にも斗栱がある詰組となっている。
|
 |
裏側に設けられた納戸
|
 |
裏側に設けられた棚には古位牌が祀られている
美濃に今日残されている室町時代に造られた古位牌は250余基ですが、そのうちの半数以上が永保寺に存在します。
|
 |
岩窟式廚子の裏側派目には地蔵菩薩が描かれています。
|
 |
床は和様の手法が取り入れられ、坐式礼拝ができるように拭板敷(ぬぐいいたじき)となっています。
|
 |
岩窟式廚子に祀られる聖観世音菩薩坐像
|
 |
聖観世音菩薩坐像は室町初期の作とされた桧の寄木造りで彩色が施されています。
胎内仏が納められていると伝わることから、「はらみ観音」と称して親しまれてきました。
|
 |
須弥壇上の岩窟式廚子
|
 |
禅宗様須弥壇
|
 |
壇の最下部に低い脚がつくのは禅宗様式の特徴である
|
 |
狭くなっている部分は蝦(えび)の腰と呼び、透かし彫りが施されています。
|
 |
高欄の先端は禅宗様特有のS字型蕨手(わらびて)がついています。
|
 |
水月場と読むことができる扁額(赤外写真)
|
 |
広縁内正面に掲げられた和歌扁額(赤外写真)
|
 |
須弥壇内部裏側に描かれた墨書
|
 |
外陣天井の落書(赤外写真)
|
 |
外陣天井の落書(赤外写真)
|
 |
内陣柱の落書(赤外写真)
|
 |
桟唐戸の花狭間 開山堂の花狭間とわずかに異なる。
|
 |
外陣西側の陶製十六羅漢
|
 |
|
 |
正面図
|
 |
横面図
|
 |
後面図
|
 |
床面図
|
 |
横断面図
|
 |
縦断面図
|